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その昔、黄山は、「い山」と呼ばれていたという。「い」とは「黒い」意。石墨、すなわち黒鉛を産したことから付けられた。 宋の無名氏の作と伝えられる『黄山図経』という書物によると、「い山」が勅命によって黄山と改められたのは、唐の玄宗皇帝の天宝6年(747年)6月17日のことであった。玄宗の廟号の「玄」が、道教の唱える根本の道を意味していることからも知られるように、この皇帝は楊貴妃の色香に迷っただけでなく、道教に心酔し、あちこちに壮麗な道教寺院を建てさせ、宮廷の儀式はもちろん、公文書にまで道教の方式や術語を取り入れさせた。黄山と改名させた理由も、神話時代の中国の皇帝である「黄帝」がこの山で仙術を授けられたという伝説にある。むろん、これは道家が黄帝を神仙の祖として取り込んだ後に作られた伝説であるが、道教の歩みとともに黄帝にはさまざまな徳が関係づけられるようになった。こうして黄山は黄帝のやま、仙境になったのである。 |