天下第一の奇山としてその名をほしいままにしている黄山は、揚子江の下流に近い、安徽省の南部にある。地図を拡げてみると、江蘇省の省都南京と、陶磁器のまち景徳鎮を結ぶ直線上の中心からやや南西よりに位置している(地図参照)。山といっても一山弧峰ではなく、いくつもの峰が連なる山並みを成している。いわく36峰、あるいは72峰。その主峰の光明峰で1841m、もっとも高い蓮花峰で1873mというから、黄山はそれほど高い山なみではない。

この黄山を有名にしたのは、点に向かって屹立する奇怪な形状の岩山、その岩山にしっかりと根を張り枝をのばす松、そしてこの地方特有の気象がもたらす雲と霧、いわゆる怪石・奇松・雲海の”三奇”が瞬時に千変万化するすばらしい景観である。眼前に展開する神秘的な光と影のスペクタクルは、羽化登仙の伝説ともあいまって、黄山を訪れる人を魅了したに違いない。

南京から南西へ直線距離にして約220km、杭州から真西へ同じく約200kmの地にある黄山は、地理的に言えば政治の中心からはるかに離れた僻遠の地というわけではない。しかし黄山一帯は、回りを険しい山脈に囲まれて、人々を容易に寄せつけず、長い間陸の孤島として、隔絶されてきた。したがって昔から名だたる文人墨客がこの地を訪れ、詩を作り、遊記を書き、画を描いてきたとはいっても、そんなに簡単に黄山見物が出来たわけではない。土地の人以外には、地方官としてこの土地、もしくはその近辺に赴任する幸運に恵まれたものか、またはよほどの大官か金持ちでなければ、黄山に足を踏み入れることはほとんど不可能であったろう。

ごく最近、南京から揚子江の南岸沿いに蕪湖までさかのぼり、そこから南下して黄山の東から南のすそのを回って景徳鎮へ至る鉄道が開通し、上海あたりからも”黄山五日遊”の観光ツアーを気楽に楽しめるようになったという。また黄山には「百歩雲
梯」と呼ばれるように、まるで雲に梯子(はしご)をかけたかと思えるほどの石段が峰々に刻まれている。石段の数は二万二千段とも言われており、誰がいつ作ったのかも不明のままだが、このおかげで多くの人々が黄山の景色を心ゆくまで賞賛できるようになった。